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※『宇宙兄弟』7巻の月面での出来事に触れます。物語後半の展開には触れません。
※現実の月面探査車については、2026年10月時点のJAXA・NASA公式資料をもとに確認しています。

『宇宙兄弟』7巻に、日々人たちが月面探査車「ビートル」の中へ入る場面があります。
読んでいてかなり気になったのが、
「ここで宇宙服を脱ぐの、普通に怖くない?」
ということでした。
外は真空に近い月面です。
宇宙服は、そんな環境で宇宙飛行士の命を守っているもの。
それなのに探査車へ入ると、酸素や窒素などを確認したあと、ヘルメットや宇宙服を外します。
理屈では「中は安全」と分かっていても、自分だったら最初にヘルメットを外す瞬間はかなり怖いと思います。
そこで気になりました。
現実の月面探査車でも、本当に宇宙服を脱いで生活できるのでしょうか。
調べてみると、答えは「できます」。
JAXAがアルテミス計画に向けて開発している有人与圧ローバーは、宇宙飛行士2人が宇宙服を着ず、シャツ姿で生活できる月面探査車として計画されています。
ただし、普通の車のようにドアを閉めれば大丈夫、という話ではありません。
車内に人が生きられる空気と圧力を作り、その状態を保ち続ける必要があります。
今回は、『宇宙兄弟』で気になった「月面探査車で宇宙服を脱いでも大丈夫なの?」という疑問から、現実の有人与圧ローバーと生命維持システムを調べます。
先に答え|現実でも、月面探査車の中で宇宙服を脱げる
JAXAが開発している有人与圧ローバーでは、宇宙飛行士2人が、与圧された船内でシャツスリーブ、つまり宇宙服を着ない状態で生活することが求められています。
NASAが計画するPressurized Roverも同じ考え方です。
与圧された空間があることで、宇宙飛行士は宇宙服を着たままではなく、車内で生活したり、仕事や研究をしたりできます。
月面だから、常に宇宙服を着ていなければならないわけではありません。
月面基地や有人与圧ローバーのように、人間が生きられる環境を人工的に作った場所なら、その中では宇宙服を脱げます。
ISSの宇宙飛行士が船内でずっと宇宙服を着ていないのと、基本的な考え方は同じです。
違うのは、その「人が生きられる空間」が月面を走ることです。
「与圧」って何?
ここで出てくるのが、与圧という言葉です。
月面の外には、人がそのまま呼吸できる空気がありません。
ほぼ真空の環境です。
そこでローバーには気密性を持つキャビンを作り、その内部に人が生活できる環境を維持します。
これが「与圧されたキャビン」です。
JAXAの有人与圧ローバーでは、宇宙飛行士が宇宙服を脱いで生活できる与圧キャビンを搭載します。
さらに生命維持・環境制御系によって、船内の圧力・温度・湿度などを管理します。
「外が安全になった」のではなく、「探査車の中だけを人間が生きられる環境にしている」。
宇宙服を脱げる理由は、ここにあります。
酸素を入れるだけではダメ
最初は、
「じゃあ車内に酸素を入れればいいんかな?」
と思いました。
でも、もちろんそれだけではありません。
人が密閉された空間で呼吸すると、酸素を使い、二酸化炭素を出します。
宇宙飛行士2人が何日も生活するなら、その二酸化炭素をそのままにしておくことはできません。
JAXAの有人与圧ローバーでは、生命維持・環境制御システムによって、宇宙飛行士の呼吸に由来する二酸化炭素などの有害ガスを除去します。
さらに、船内の圧力・温度・湿度も制御します。
つまり探査車の中では、
人間が生活できる環境を、機械で作り続けている。
ということです。
地球では当たり前に存在している環境を、月ではローバーのシステムで維持しなければなりません。
車内の酸素濃度や気圧は、地球とまったく同じ?
ここは、断定しない方がいいところです。
現在JAXAが公開している有人与圧ローバーの資料では、与圧キャビンを備え、船内の圧力や温度・湿度を制御し、二酸化炭素などの有害ガスを除去することが説明されています。
一方で、最終的な船内環境について、この記事で「必ず地球と同じ1気圧・酸素21%になる」とは書きません。
参考として、現在のISS「きぼう」の船内は、約1気圧の酸素と窒素の混合ガスで満たされています。
宇宙飛行士は、その中では普段着で生活できます。
ただし、将来の月面ローバーも必ずISSと完全に同じ設定になるとは限りません。
作品の描写に、ISSの数値をそのまま当てはめることもしないでおきます。
月面車には2種類ある|宇宙服を脱げない車もある
ここはかなり重要です。
月面探査車なら全部、宇宙服を脱げるわけではありません。
NASAが開発を進めているLunar Terrain Vehicle(LTV)は非与圧の月面車です。
人が生活できる空気で満たされたキャビンではないため、宇宙飛行士は宇宙服を着た状態で利用します。
一方、JAXAが開発する有人与圧ローバーやNASAのPressurized Roverには、人が生活できる与圧空間があります。
| 種類 | 車内 | 宇宙服 |
|---|---|---|
| LTV | 非与圧 | 着用して利用 |
| 有人与圧ローバー | 与圧された居住空間 | 船内では脱いで生活可能 |
イメージとしては、
LTV=月面のオープンカー
有人与圧ローバー=月面を走るキャンピングカー
くらいに考えると違いが分かりやすいです。
実際、JAXAの開発担当者も有人与圧ローバーを「月面を走るキャンピングカー」と表現しています。
宇宙服を脱いだまま、そのまま外には出られない
もちろん、車内で宇宙服を脱げるからといって、その状態で外へ出られるわけではありません。
外は月面です。
船外活動をするときは、再び宇宙服が必要になります。
JAXAの有人与圧ローバーでも、船内ではシャツスリーブで生活する一方、月面へ出て活動するときには宇宙服を使用する計画です。
ここで大事なのが、船内と船外の圧力差です。
現在のISSで船外活動を行う場合も、宇宙服を装着したあとにエアロックを減圧し、宇宙空間へ出るための手順を踏みます。
戻ってきた後は、再び船内側の環境へ戻してから宇宙服を脱ぎます。
将来の有人与圧ローバーでどのような出入りの方式が最終採用されるかは、今後の設計によります。
そのためこの記事では、ISSの方式がそのまま月面ローバーで使われるとは断定しません。
宇宙服を着るだけでも、実はかなり大変
もう一つ、調べて意外だったのがここです。
現在のISSでは、宇宙服を着て「じゃあ行ってきます」とすぐに船外へ出られるわけではありません。
船外活動の準備には、プリブリーズと呼ばれる重要な手順があります。
JAXAによると、現在使われている米国の船外活動服では、宇宙服内の圧力を約0.3気圧まで下げて使用します。
船内の約1気圧から急に低い圧力へ移ると、体内に溶け込んでいた窒素によって減圧症を起こす危険があります。
そこで宇宙飛行士は、船外活動前に酸素を呼吸し、体内の窒素を減らします。
宇宙服を着て外へ出ることは、単なる「着替え」ではありません。
宇宙服・気圧・人体の状態まで考えながら準備する必要があります。
なお、将来の月面用宇宙服や有人与圧ローバーでは、現在のISSとは異なる圧力や手順が採用される可能性があります。
そのため「月面ローバーでも必ずISSと同じプリブリーズをする」とは断定しません。
宇宙服を脱げることが、月面探査ではかなり大きい
宇宙服は命を守るために欠かせません。
一方で、宇宙服を着たまま長期間生活することを前提にした月面探査では、活動に大きな制約が出ます。
そこで有人与圧ローバーです。
移動中や食事、睡眠、研究などは宇宙服を脱いで過ごし、必要な場所へ到着したら宇宙服を着て外へ出る。
作業が終われば、再び与圧された車内へ戻る。
JAXAの有人与圧ローバーには、宇宙飛行士2人が船内で生活しながら、1年のうち連続31日以上の有人探査を可能にする能力が求められています。
これはもう「車」というより、
走る小さな月面基地。
NASAもPressurized Roverを、宇宙飛行士が生活・仕事・研究をしながら月面を移動する「mobile habitat(移動型居住施設)」として位置づけています。
車内が安全かどうかは、ずっとシステムで管理する
『宇宙兄弟』を読んだとき、自分が怖いと思ったのは、
「本当にヘルメット外して大丈夫なん?」
というところでした。
現実の有人与圧ローバーでは、感覚だけで船内環境を判断するわけではありません。
生命維持・環境制御系が、与圧キャビン内部の圧力・温度・湿度などを制御し、二酸化炭素などの有害ガスを除去します。
つまり、
「空気ありそうやから大丈夫」ではなく、人間が生活できる環境をシステムで維持する。
ということです。
それでも、自分が実際に月面にいて「安全です」と言われ、最初にヘルメットを外せと言われたら――。
やっぱりちょっと怖いと思います。
『宇宙兄弟』のビートルは、現実の有人与圧ローバーと同じ?
ここは分けて考えます。
今回確認したJAXAやNASAの資料は、現実に開発・計画されている有人与圧ローバーについての資料です。
『宇宙兄弟』に登場するビートルの内部構造や生命維持装置が、現在のJAXAの設計とまったく同じだと確認できる資料ではありません。
そのため、
「ビートルはJAXAの有人与圧ローバーと同じ仕組み」
とは断定しません。
ただし、
月面を移動する車内を与圧し、宇宙飛行士が宇宙服を脱いで活動する。
という考え方そのものは、現実の月面探査でも採用されています。
漫画で見た光景に、現実の宇宙開発とつながる部分があることは確認できました。
7巻を読んだときの感想はこちら
まとめ|月面車の中で宇宙服を脱ぐことは、本当にできる
『宇宙兄弟』7巻を読んで、
「月面で宇宙服を脱ぐなんて怖すぎる」
と思ったところから調べ始めました。
現実の有人与圧ローバーでも、本当に宇宙服を脱いで生活できるように計画されています。
そのために必要なのが、与圧されたキャビンと生命維持・環境制御システムです。
外はほぼ真空。
でも車内だけは、人間が呼吸し、食事をし、眠り、仕事ができる環境にする。
そして月面へ出るときには、再び宇宙服を着る。
月面車というより、
「地球の環境を小さく切り取って、そのまま月を走らせる」
と言った方が近いのかもしれません。
そう考えると、ビートルでヘルメットを外す場面の見え方も変わります。
「宇宙服を脱いでも大丈夫」なのではなく、
宇宙服を脱げるほどの環境を、機械で作り続けている。
そこまで分かると、最初に宇宙服を脱ぐ怖さと同時に、その技術のすごさも感じました。
月面基地と現実のアルテミス計画も読む
参考資料
- JAXA 有人宇宙技術部門「有人与圧ローバー」
- JAXA 有人宇宙技術部門「アルテミス計画の広範な月面探査を支える有人与圧ローバーの開発最前線にせまる」
- JAXA 有人宇宙技術部門「高度約400km、宇宙環境の特徴」
- JAXA 有人宇宙技術部門「船外活動の準備から終了までの概要を教えて下さい」
- NASA「Spacesuits and Rovers」
- NASA「Pressurized Rover」
- NASA「Lunar Terrain Vehicle」
有人与圧ローバーの仕様・生命維持環境・船外活動についてはJAXAおよびNASA公式資料で確認しています。将来のローバーや月面用宇宙服の具体的な運用手順は、開発の進展によって変更される可能性があります。
